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大阪高等裁判所 昭和26年(う)3151号 判決

控訴人 被告人 浜野勝 外五名

弁護人 中川正夫 外三名

検察官 藤原正雄 山田四郎

主文

原判決を破棄する。

被告人浜野勝、同北浦一男、同奥山常義を各懲役壱年六月に、

被告人藤井乙吉を懲役六月及び罰金参千円に、

被告人中川康二を懲役壱年及び罰金拾万円に、

被告人北脇助一を懲役壱年及び罰金参万円に、

処する。

被告人等において右の罰金を完納することができないときは、金弐百円を壱日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。但し、本裁判確定の日から被告人浜野勝、同奥山常義、同藤井乙吉、同中川康二、同北脇助一については各参年間、

被告人北浦一男については五年間、それぞれ右懲役刑の執行を猶予する。

被告人浜野勝から金八万五千円を、

被告人北浦一男、同奥山常義から各金六万四千五百円を、それぞれ追徴する。

原審における訴訟費用中、証人前賀純一、同山崎弥之助に支給した分は被告人藤井乙吉の負担とし、証人土井熊夫に支給した分は被告人浜野勝、同北浦一男、同奥山常義、同藤井乙吉、同中川康二、同北脇助一の平分負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、本判決書末尾添付の、被告人浜野勝、同奥山常義の弁護人中川正夫、被告人北浦一男、同中川康二の弁護人岡野富士松、被告人藤井乙吉の弁護人中川種治郎、被告人北脇助一の弁護人柳田守正、各作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は、大阪高等検察庁検事十河清行作成の答弁書記載のとおりである。

弁護人中川正夫の控訴趣意第一点及び弁護人岡野富士松の控訴趣意第一点の一について、

同弁護人等は、被告人北浦一男は機帆船住吉丸、同奥山常義は機帆船住栄丸により、日本専売公社所有の輸入塩を輸送中、被告人中川康二の乗つて来た一隻の輸送船にその両側から同時に合計約四十四噸を積み替えて右の中川に売つたのであつて、両被告人の間には共同犯行の意思がなかつたのであるから、原判決が四十四噸全部について共謀による窃盗並びに塩専売法違反の事実を認定したのは事実誤認又は審理不尽の違法があると主張するについて案ずるに、右の点について原判決の挙示する証拠とくに被告人北浦一男の司法警察員に対する第二回供述調書(記録第一九八丁以下)、同中川康二の司法警察員に対する第二回供述調書(記録第二七八丁以下)の各記載によると、被告人北浦、同奥山は、神戸港においてブラツドフオード号に積載して来た日本専売公社所有の輸入塩をそれぞれ各自の船に積みこみ宇多津港に向つて輸送中、家島町において、右輸送中の塩を荷抜きして被告人中川康二に売却することを相談し、家島町沖合の海上で、中川の乗つて来た輸送船の両側に各自の船を横着けにして塩を跳ねこみ、合計約四十四噸を積み替えて中川に売り渡し、同人から代金十二万九千円を受け取つてこれを折半したことが明らかであるから、原判決が被告人両名の行為について、窃盗及び塩専売法違反の共同正犯と認定擬律したのは不当ではない。記録を精査しても原判決に所論のような違法はないから、論旨は理由がない。

弁護人中川正夫の控訴趣意第二点の(一)並びに同第三点、弁護人岡野富士松の控訴趣意第一点の二並びに同第二点の一について、同弁護人等は、被告人浜野勝、同北浦一男、同奥山常義等の本件輸入塩の窃取行為又は被告人中川康二の贓物故買行為と、同被告人等がそれぞれ日本専売公社の売り渡さない塩を譲り渡したという塩専売法違反行為とは、刑法第五十四条第一項の観念的競合か牽連犯かあるいは後者は前者の処分行為又は状態犯として別罪を構成しないにかかわらず、原審がこれを併合罪と認定したのは違法であると主張するけれども、右の輸入塩を窃取し又はその窃盗犯人から故買する行為とこれを他に売り渡す行為とは、別個の行為であり、かつ通常手段結果の関係にあるわけではないから、刑法第五十四条第一項前段後段のいずれにも当らないし、また、後者は日本専売公社の売り渡さない塩を譲り渡すという別個の法益を新たに侵害しているから、後者は前者の処分行為又は状態犯ではなく、両者は、行為の面、被害法益の面いずれからみても別罪であつて、刑法第四十五条の併合罪に当ると言わなければならない。論旨は理由がない。

弁護人中川種治郎の控訴趣意第一点について、

所論の原判示事実は、原判決の挙示する証拠によつてこれを認定することができる。記録を精査しても原判決に事実誤認の点はないから、論旨は理由がない。

同弁護人の控訴趣意第二点について、

同弁護人は、被告人藤井乙吉は、塩専売法違反罪について日本専売公社から国税犯則取締法第十四条による通告処分を受け通告の旨を履行しているから、右の違反罪と刑法第五十四条第一項前段の関係にある本件贓物故買罪は一事不再理の原則により処罰対象とならない、と主張するについて案ずるに、当審における事実取調の結果によると、同被告人は、日本専売公社赤穂支局長から、昭和二十六年六月二日附通告書をもつて「法定の除外事由がないのに昭和二十五年二月十四日専売公社の売り渡さない塩七十六屯を会社(金線醤油株式会社)の業務に関して北脇助一から譲り受け、うち四十八屯を醤油製造のため消費した」という理由で、塩専売法第四十二条第一項、第四十七条第三号、第五十一条、刑法第十九条ノ二により、罰金に相当する金額十五万円、没収品に該当する物件原塩二十八屯、追徴金に相当する金額三十八万四千円、処分費八十三円の納付を命ずる旨の通告を受け(金線醤油株式会社については別に罰金相当額十万円の納付を命ずる通告処分あり)、同年八月二十八日右の通告処分を履行したことが明らかである。そして、塩専売法第五十五条によつて準用される国税犯則取締法第十六条第一項には「犯則者通告ノ旨ヲ履行シタルトキハ同一事件ニ付訴ヲ受クルコトナシ」と規定してあるから、通告の趣旨が履行されたときは同一事件について更に公訴を提起されることがないこと及び本件の贓物故買と塩専売法違反行為とが刑法第五十四条第一項前段の想像的競合の関係にあることも明白である。しかし、通告処分は元来行政処分であるから、本来その行政処分の対象となり得ない一般刑法犯にまでその効果が及ぶと解するのは失当である。元来、間接国税犯則事件においては、国税犯則取締法第十三条、第十四条により、犯則嫌疑者の居所が分明でないとき、犯則嫌疑者が逃走の虞あるとき、証憑いん滅の虞あるとき、犯則者が通告の旨を履行する資力がないと認められるとき、又は情状懲役刑に処するべきものと思料されるとき以外は、つねに通告処分がなされなければならないから、この通告の趣旨が履行されたとき、これらの犯則事実と処断上一罪の関係にある他の犯罪について処罰ができないとすれば、これらの犯罪はつねに不問に付せられることとなり、不当な結果を招来するのである。すなはち、同法第十六条第一項にいわゆる「同一事件」とは、通告処分に付せられた理由となつている事実と同一の犯則事実そのものを指すのであつて、これと処断上一罪の関係にある刑法犯にまで及ばないものと解するべきである。従つて、原裁判所が被告人藤井乙吉について塩専売法違反罪と処断上一罪の関係にある贓物故買の公訴を受理して同被告人を処罰したのは正当であつて、論旨は理由がない。

弁護人中川正夫の控訴趣意第二点の(二)、同岡野富士松の控訴趣意第一点の四並びに第二点の二、同柳田守正の控訴趣意第一点について、

原判決をみると、被告人浜野勝は、日本専売公社所有の輸入塩約三十二屯を窃取して被告人中川康二に対し代金八万五千円で売り渡し、被告人北浦一男、同奥山常義は、共謀のうえ同様の輸入塩約四十四屯を窃取して右中川に対し代金十二万九千円で売り渡し、被告人中川は、右の輸入塩合計約七十六屯を故買してこれを被告人北脇助一に対し代金三十万四千円で売り渡し(内金三十万円受領)、被告人北脇は、右の輸入塩約七十六屯を故買してこれを被告人藤井乙吉に対し代金六十万八千円で売り渡し(内金十五万円受領)た旨認定し、被告人浜野勝から、同人が窃取して売り渡した輸入塩約三十二屯の犯則当時の価額金三十八万四千円を、被告人北浦一男、同奥山常義から、同人等が窃取して売り渡した輸入塩約四十四屯の犯則当時の価額金五十二万八千円を連帯して、被告人中川康二から、同人が右浜野及び北浦、奥山から故買して被告人北脇助一に売り渡した輸入塩合計約七十六屯の犯則当時の価額金九十一万二千円を、被告人北脇助一から、同人が中川から故買して被告人藤井乙吉に売り渡した輸入塩約七十六屯の犯則当時の価額金九十一万二千円を、それぞれ追徴しているのである。そして、当審における事実取調の結果によると、前段説示のとおり、被告人藤井乙吉は、日本専売公社赤穂支局長から、罰金に相当する金額十五万円、没収品に該当する物件原塩二十八屯、追徴金に相当する金額三十八万四千円の納付(但し没収該当品については納付の申出)を命ぜられ、昭和二十六年八月二十八日通告の旨を履行したこと、未消費の右原塩二十八屯は、その前に坂越町警察署の司法警察員により証拠品として差押えられ、被告人藤井がその保管を命ぜられていたが、昭和二十八年三月二十五日当裁判所の決定により日本専売公社に還付されたことが明らかである。元来塩専売法第五十一条第一項に「第四十七条、第四十八条第一項若しくは第二項又は第四十九条第六号の犯罪に係る塩、塩に他物を混和した物、にがり又はかん水は没収する」と規定し、同条第二項において「前項の物件を他に譲り渡し、若しくは消費したとき又は他にその物件の所有者があつて没収することのできないときは、その価額を追徴する」と規定した法意は、同法第四十二条により、何人も、同法によつて認められた場合及び正当の事由による場合のほか、日本専売公社の売り渡した塩又はにがりでなければ、所有し、所持し、譲り渡し、又は譲り受けてはならないのであるから、同条違反の塩は、犯則者以外の者に属すると否とを問わず没収するを原則とするが、ただ犯則者が犯則物件を他に譲り渡し、若しくは消費し、又は他にその物件の「適法な」所有者があるため、これを没収することができないときには、その価額を追徴するというのである。そもそも追徴というのは、犯則者から物件を没収するべき場合に没収できないとき、犯則者が、没収を免れることによつて受ける不当の利益を取り上げる趣旨であるから、本来没収のできることを前提としているのである。従つて、同一の塩が不法に転々譲渡された場合に、その最の譲渡人たる犯則者から、現に所持する物件を没収し、すでに費消した分についてその価額を追徴したときは、その前者たる譲渡人から「前項の物件を他に譲渡し」たものとしてその価額を追徴することはできないのである。何となれば、追徴は犯則行為自体に対する刑罰として科せられるべきものではないから、国家は同一物件について没収追徴を幾重にも科し本来没収せらるべき物件の価額以上のものを追徴によつて利得することは許されないからである。(大審院昭和三年二月三日第一刑事部判決刑集七巻六七頁、広島高等裁判所岡山支部昭和二七年二月二日判決高裁判例集第五巻第二号二七〇頁、各参照)。そして、国税犯則取締法第十四条第一項による通告処分によつて没収品に該当する物件及び徴収金に相当する金額が納付されたときも、その効果においては判決による没収追徴と同一であるから、本件において、被告人藤井乙吉が前記のように通告処分を履行することによつて没収該当品並びに追徴相当金が国庫に帰属(塩専売法第五十五条第三項によりたばこ専売法第七十九条第九項を準用)し又は帰属するべき関係にあるときには、もはやその前者たる譲渡人から同一物件の価額を追徴するわけにはいかない。原判決が、被告人浜野、同北浦、同奥山、同中川、同北脇から同法第五十一条第二項により本件輸入塩の価額をそれぞれ追徴したのは失当である。ただ、被告人浜野、同北浦、同奥山が、本件窃盗行為によつて得た輸入塩を売却して得た金員は、贓物の対価として得たものであつて、同被告人等以外の者に属しないから、刑法第十九条第一項第四号、第二項によつて没収できる(最高裁判所昭和二三年一一月一八日第一小法廷判決、同二四年一月二五日第二小法廷判決各参照)のであるが、右の金員はいずれも費消されて没収することができないから、同法第十九条ノ二によつてその価額を追徴することができるだけである。原判決は、法令の適用を誤つており、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点の論旨は理由あり、原判決は破棄を免れない。

次に、職権をもつて被告人藤井乙吉に関する原審の量刑を考えると、本件記録並びに原裁判所において取り調べた証拠及び当審における事実取調の結果に徴し、同人に対する原審の量刑は重きに過ぎるものがあるので、原判決はこの点においても破棄を免れない。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百八十条又は同法第三百八十一条に従い原判決を破棄し、同法第四百条但し書によつて更に判決をする。

原判決の認定する事実に、法令を適用すると、被告人浜野勝、同北浦一男、同奥山常義の窃盗行為は刑法第二百三十五条(但し北浦、奥山については更に刑法第六十条適用)に、被告人中川康二、同北脇助一、同藤井乙吉の贓物故買行為は同法第二百五十六条第二項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、被告人浜野勝、同北浦一男、同奥山常義、同中川康二、同北脇助一の塩の譲渡行為は、塩専売法第四十二条第一項、第四十七条第三号、罰金等臨時措置法第二条(但し北浦、奥山については更に刑法第六十条適用)に各該当するところ、右塩専売法違反罪について、被告人浜野勝、同北浦一男、同奥山常義に対しては懲役刑を選択し、被告人中川康二、同北脇助一に対しては同法第五十二条を適用して懲役及び罰金を併科することとし、被告人浜野勝、同北浦一男、同奥山常義に対しては、刑法第四十五条前段、第四十七条、第十条により重い窃盗罪の刑に併合加重し、被告人中川康二、同北脇助一に対しては、同法第四十五条前段、第四十七条、第十条、第四十八条第二項により懲役刑につき重い贓物故買罪の刑に併合加重し罰金額は合算したうえで、被告人等を主文第二項の刑に処し、同法第十八条により右罰金不完納の場合における労役場留置の期間を定め、同法第二十五条により各被告人の懲役刑の執行を猶予し、被告人浜野が本件の窃盗行為によつて得た贓物の対価金八万五千円、同北浦、同奥山が同様窃盗行為によつて得た贓物の対価各金六万四千五百円は、右各被告人以外の者に属しないから、同法第十九条第一項第四号、第二項によつて没収するべきものであるが、右の金員はいずれも費消されて没収することができないから、同法第十九条ノ二によつてその価額を追徴し、刑事訴訟法第百八十一条を適用して原審における訴訟費用の負担を定める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

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